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ニューヨーク、ニューヨーク

この年末年始も行ってきました。
近いうちにまた行く予定、についてはまた別の話。
浪人してまた受験に失敗して入学した大学の教養の英語の授業が、
そもそもの始まりだったのかもしれません。
ブロードウェイミュージカルの脚本を授業で扱ったのだけど、
その「プラザ」こそ、ニューヨークはマンハッタンのセントラルパークに面する
ホテルThe Plazaだったので。
今はホテル兼コンドになっちゃってるけど、建物は残っています。

で、その作品でニューヨークに行きたくなったのかと言うと、そうじゃないのです。

当時私は哲学科に在籍していたんだけど、その英語の授業を受けてるうちに、
「哲学の授業が全部米文学の授業だったらもっと楽しいのに」と思うようになったのと、
やっぱり受験に失敗したということを引きずっていたし、
かつそのときの在籍大学には英米文学科がなくて、
「編入しよう!」という結論はすぐ出たのでした。

よくよく志望校を考えて、学科の垣根が低くて学際的な研究ができるのは、
どうやら北大が理想的だということになり。
大学2年次は単位取得のためにかなり授業とって、夕方からは予備校に行ってました。毎日。

相変わらず英語だけは成績が良かったから、
他の科目の対策に時間とエネルギーを割くことができたのは良かったです。本当に。

北大は編入試験が早いのが特徴で、都内の私立なんて年明け2月だったりするのに、
年内9月というのは受験校でもダントツ一番で、まぁ無事に受かったわけです。

ニューヨークの話。

結局、私は学部の卒論で、その「プラザ・スイート」を扱って、
文学を社会学的視点から考察することに成功しました。たぶん。
いかに結婚・結婚生活が難しいのか、をテーマにしたせいで、
自分の結婚式では祝辞をお願いした当時の指導教官に、
「すでに3年前には結婚の難しさを悟っていたので」と突っ込まれる始末。

その指導教官に、学部卒業後はアメリカでホスピタリティの勉強をしたい、と伝えたのは
学部4年の秋とか、とにかく遅かったです。
最初はその学問で有名なハワイ大を志望してたのに、推薦文お願いしに行ったら、指導教官に
「僕がPh.Dとった大学にもホスピタリティの研究科があるから、そこに行きなよ。」
と押され、かつそのまま押され続け、進学決定。

その大学院が、インターンをしないと修了できなかったのです。
当時の私はそこまで英語を話すキャラでもなく、ホテルで働く強みと言えば
日本語がネイティブであることかな、と考えて、日本人が経営しているBBとかinnとかも含め、
全米各地のホテルにカバーレターとレジュメをメール送信。このへんは攻めてましたね…
うち、私に興味を持ってくれたのがNYの2つのアパートメントホテルだったのです。

最初はミッドタウンの方にあるホテルと話が進んでいたのですが、
オーナーのOKがもらえずNG。違法営業だったんだと思います。
私の学生ビザの就労許可申請の書類を出せない、という理由でした。
その結果が出る頃にメールを送ってみたのがHisakoさんのホテルで、
翌日くらいには返信いただきました。
※すでにホテルはなくなってしまいましたが、
 建物はアパートとしてHisakoさんがお持ちです。
一度電話で話したい、とのことで掛けてみると、
「あー、ごめんなさい今運転中なので、停めたら掛け直すわね!」と言われたのは覚えてます。

かくして私のインターン先はHisakoさんが持っていたアパートメントホテルに決まり、
最初の1ヶ月だけ彼女の家に住み込ませてもらいつつ残りの期間の住まいを探す、
ということになったのですが、住み込みで彼女の本業や当時の恋人や
その他諸々の手伝いもしているうちにすっかり気に入られてしまい、
インターン終了まで住み込ませていただきました。

最初の1ヶ月は仕事に専念してたから、どこにも観光に行かないでいて、
知っているのは空港の名前とホテル周辺のみ、という有様。
これを哀れんだHisakoさんの当時の恋人の友人でロシア人のAlexが、
私をデートに誘い出した事件も発生。
まさかで初めて行ったセントラルパークは彼に拉致られたようなもので、
夜、小雨が降るなかでキスを迫られる事件も発生。
今思うと懐かしいですね…

約4ヶ月いる間に本当にいろんなお客さんと出会って、ご飯おごってもらって、
Hisakoさんのショーを手伝って、Alexとは気まずくなったけど、
NY のアーティストのホームパーティでやたらハイソな夜を過ごしたり、
Hisakoさんの通院になぜか同行させられて道に迷われたり、
ホテルの屋上か ら出たゴミを不法投棄したり、
Hisakoさんの子供についての相談にのったり、
同僚の彼氏がプロのクラリネット奏者でタダでカーネギーホール行ったり、
とにかく色々な経験をしました。
でもこれってすごくラッキーで、ただのツーリストとしてNYを知ったわけじゃなくて、
Hisakoさんという30年以上NYに住んでいる人の経験とか知識とか人脈を通して
NYを知ることができたのです。

だからその後も大学院在籍中は一人で遊びに行ったし、友達とも行ったし、
結婚してボストンに住んでる間に旦那さんとも行ったし、
親友も呼び寄せて行ったし、今でも年末年始は行ってます。
行ってHisakoさんと会ってます。観光しないで。

でもこれでいい、と言うか、これがいいんだと思いました。
私にしかできない方法でNYを知って、それを誰かにおしえることができる、というのはすごくいい。
私の大事な人たちにはあの場所を知ってもらいたいし、すすんで案内したいと思うようになりました。

でも私が本当に気に入ってる場所はとっておきなので、なかなかおしえません。
旦那さんにもおしえたくなかったんだけど、この前こっそり一人で行こうとしてたら
計画がバレておしえざるを得なくなったのは内緒です。

あーあ。

というわけで、NYは私にとってhome away homeです。
一度案内してあげてもいいです。

という昔話など。

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